1.シャルルマーニュ Charlemagne
起工:1894年8月2日 進水:1895年10月17日 竣工:1899年9月12日
建造所 ブレスト海軍工廠
1899年9月12日 就役
1900年1月 地中海艦隊第1戦艦隊に編入
1900年7月18日 シェルブールでの観艦式に参加
1901年10月~11月 オスマン帝国のフランス銀行に対する債務不履行が発生した際、レスボス島の占領に参加
1905年1月 副砲弾薬庫の火災事故が発生するも、爆発前に消火成功
1905年11月~12月 オスマン帝国の債務不履行が再発生した際、レスボス島の占領に参加
1910年2月27日 ブレストに到着し、第2戦隊に編入
1910年~1911年9月4日 ブレスト海軍工廠にて改装工事を実施
1912年9月~1913年5月 ブレスト海軍工廠にて改装工事を実施。工事終了後の公試中に大傾斜(34度のローリング)が発生
1913年8月~1914年8月 練習艦となる
1914年8月~11月 地中海において船団護衛に従事
1914年11月26日 ダーダネルス戦隊に編入
1915年2月15日~ ガリポリ上陸作戦に参加し、トルコ軍陣地に対する艦砲射撃を実施
1915年3月18日 ダーダネルス海峡内に進入し、艦砲射撃を実施。沿岸砲台の攻撃を受け被弾及び触雷により中破
~1915年5月 ビゼルトにて修理
1915年5月19日~22日 アンザック湾のオスマン軍陣地に艦砲射撃を実施
1915年5月25日 装甲帯に被弾、損傷軽微
1915年5月30日 アチ・ババに艦砲射撃を実施
1915年8月5日~6日 スヴラ湾上陸作戦に際しオスマン軍陣地に艦砲射撃を実施
~1915年10月 ダーダネルス上陸作戦の支援に復帰
1915年10月~1916年5月 サロニカ進駐に参加
1916年5月~8月 ビゼルトにて改装工事を実施
1916年8月~1917年8月 サロニカに回航され、エーゲ海の警戒任務に従事
1917年8月 サロニカからトゥーロンに回航
1917年9月17日 予備艦となる
1917年10月 138.6mm副砲を撤去
1917年11月1日 兵装撤去工事に着手
1920年6月21日 除籍
1923年 スクラップとしてイタリアの業者に売却後、サヴォーナにて解体
2.サン・ルイ Saint Louis
起工:1895年3月25日 進水:1896年9月2日 竣工:1900年9月1日
建造所 ロリアン海軍工廠
1900年9月1日 就役
1900年10月1日 地中海艦隊の旗艦となる
1903年6月 カルタヘナにてスペイン国王アルフォンソ13世を迎える
1904年4月 イタリア訪問のフランス大統領を護衛
1908年3月~4月 第2戦艦隊、次いで第4戦艦隊の旗艦となる
1910年10月 北方戦隊の旗艦となる
1911年9月6日 イエール沖にて駆逐艦ポワナールと衝突、損傷
1911年11月11日~1912年4月 シェルブールにて修理
1912年6月8日 チャネル諸島近海にて潜水艦ヴァンデミエールと衝突、損傷。ヴァンデミエールは沈没し乗員24名が死亡
1912年11月 トゥーロンに到着し、地中海艦隊の旗艦となる
1914年9月23日~ スエズ運河地帯に回航され、警戒任務に従事
1914年11月~1915年1月 ビゼルトにて修理
1915年2月9日~5月 シリア戦隊に編入され、シリア、レバノン、パレスチナ、シナイ半島方面のトルコ軍に対し艦砲射撃を実施
1915年5月~10月 ダーダネルス上陸作戦の支援に従事
1915年10月~1916年5月 ロリアンに回航され、修理兼改装工事を実施
1916年5月22日~1917年2月 ギリシャ進駐に参加
1917年2月 ビゼルトに回航
1919年1月 ビゼルトからトゥーロンに回航
1919年4月 予備艦となる
1920年6月20日 除籍。以降宿泊船として使用
1931年6月29日 廃艦
1933年5月24日 スクラップとして売却後、解体
3.ゴーロア Gaulois
起工:1896年1月6日 進水:1896年10月6日 竣工:1899年1月15日
建造所 ブレスト海軍工廠
1899年1月15日 就役。北方戦隊に編入
1899年9月30日 地中海艦隊第1戦艦隊に編入
1900年1月18日 イエール沖にて駆逐艦ハレバードと衝突、損傷
1900年7月18日 シェルブールでの観艦式に参加
1901年10月~11月 オスマン帝国のフランス銀行に対する債務不履行が発生した際、レスボス島の占領に参加
1901年11月7日 レスボス島ミティリニに海兵隊を上陸
1902年5月 艦隊司令官の旗艦となり、ワシントン、ニューヨーク、ボストン、リスボンを訪問。6月14日にトゥーロンへ帰着
1903年1月31日 コート・ダジュール近海で戦闘訓練中、戦艦ブーヴェと衝突、損傷
1905年12月 無線電信を装備
1906年4月 ヴェスヴィオ山噴火の被災者を救援
1909年3月18日 戦艦4隻とともに標的艦タンペートを砲撃し撃沈
1910年2月27日 ブレスト沖にて訓練中、駆逐艦ファニオンに魚雷を誤射し命中。ファニオンは大破
1914年8月~9月 WW1開戦に伴い、南フランス~北アフリカ間の船団護衛に従事
1914年9月後半 ビゼルトにて修理
1914年11月~ テネドス島に回航され、エーゲ海の警戒任務に従事
1915年2月19日~ ダーダネルス上陸作戦を支援。同日、沿岸砲台の攻撃を受け被弾、損傷軽微
1915年3月2日 サロス湾にて沿岸砲台の攻撃を受け被弾、損傷軽微
1915年3月18日 ダーダネルス海峡内に進入し、艦砲射撃を実施。沿岸砲台の攻撃を受け被弾及び触雷、大破。ラビット諸島(タヴシャン諸島)に後退するも浸水が止まらず擱座
~1915年3月22日 浮揚作業及び応急修理が実施され、浮揚に成功
1915年3月22日~ 戦艦シュフランに曳航され、トゥーロンに回航
1915年3月27日~3月28日 マタパン岬沖において暴風雨に遭遇し、修理箇所から浸水。ナヴァリノ湾に避退し、応急修理を実施
~1915年4月16日 ナヴァリノ湾からトゥーロンに回航
1915年4月17日~6月上旬 トゥーロン海軍工廠にて修理兼改装工事(水中防御強化、上部構造重量軽減等)を実施
1915年6月8日~6月17日 トゥーロンからレムノス島に回航。以降ダーダネルス上陸作戦を支援
1915年7月27日 サン・ルイと交代
1915年8月11日 アチ・ババに対し艦砲射撃を実施。沿岸砲台の攻撃を受け被弾、損傷。同日、レムノス島沖にて座礁、航行不能となる
~1915年8月21日 弾薬撤去等の軽量化を行い、離礁に成功
~1916年1月 ダーダネルス上陸作戦の撤退を支援
1916年7月~11月 ブレストに回航され、修理
1916年11月25日~ ギリシャ進駐に参加。以降エーゲ海の警戒任務に従事
1916年12月27日 クレタ海において、独潜UB-47の雷撃を受けて被雷(8時3分)、9時3分に転覆し、その約8分後にマレア岬沖の水深約500mに沈没。乗員4名が死亡

最終更新日:2026/10/04 07:28