1.ガングート Gangut
Гангут
起工:1909年6月16日 進水:1911年10月20日 竣工:1915年1月11日
建造所 アドミラルティ造船サンクトペテルブルク造船所
1914年10月末 公試中、ポルタヴァと衝突し損傷
1915年1月11日 バルト海艦隊に編入され、ヘルシンキに回航
1915年8月27日 リガ湾にて独艦隊と交戦
1915年9月10日 フィンランド湾において座礁、損傷
1917年3月16日 二月革命の影響により水兵の反乱が発生。以降活動が低調となる
1918年3月12日~3月17日 フィンランド独立により、ヘルシンキからクロンシュタットに回航
1918年11月9日 人員不足により予備艦となる
1925年6月27日 オクチャブルスカヤ・レヴォルチャ Oktyabrskaya Revolutsia / Октябръская Революцияに改名され、再整備に着手
1926年3月23日 再就役
1931年10月12日~1934年8月4日 上部構造物の全面改正を含む近代化改装工事を実施
1939年12月18日 冬戦争開戦に伴い、ベリョゾヴィエ諸島のフィンランド軍要塞に対する艦砲射撃を実施
1941年2月~3月 改装工事対空火器増強等を実施
1941年6月22日 タリン在泊中、独ソ戦開戦によりクロンシュタットに回航
1941年9月~ クロンシュタット港外から独軍に対する艦砲射撃を実施
1941年9月21日 クロンシュタット港にて独軍機の攻撃を受け被爆、大破
1941年10月23日~1942年11月 レニングラードにおいて修理を実施
1942年4月4日~4月5日 レニングラードにて独軍機の攻撃を受け被爆、損傷
1942年4月23日 レニングラードにて独軍機の攻撃を受け被爆、損傷
1942年11月~1944年6月 フィンランド湾において独軍及びフィンランド軍に対する艦砲射撃を実施
1954年7月24日 練習艦に類別変更
1956年2月17日 除籍
1958年~1959年 解体
2.ペトロパブロフスク Petropavlovsk
Петропавловс
起工:1909年6月16日 進水:1911年9月22日 竣工:1915年1月5日
建造所 バルチック造船サンクトペテルブルク造船所
1915年1月5日 バルト海艦隊に編入され、ヘルシンキに回航
1915年11月~12月 バルト海にて機雷敷設の支援に従事
1917年3月16日 二月革命の影響により水兵の反乱が発生。以降活動が低調となる
1918年3月12日~3月17日 フィンランド独立により、ヘルシンキからクロンシュタットに回航
1919年5月31日 クロンシュタット郊外で英艦隊と交戦
1919年6月13日~6月15日 クラスナヤゴルカ要塞反乱の鎮圧に従事
1919年8月17日~8月18日 クロンシュタット在泊中、英魚雷艇部隊の攻撃を受けるも損傷なし
1921年3月 乗組員がクロンシュタットの反乱に参加
1921年3月31日 マラート Maratに改名
1928年秋~1931年4月8日 近代化改装工事(上部構造物全面改正、機関換装等)を実施
1937年5月 英国王ジョージ六世戴冠記念観艦式に参列
1939年12月18日 冬戦争開戦に伴い、ベリョゾヴィエ諸島のフィンランド軍要塞に対する艦砲射撃を実施。沿岸砲台からの反撃により被弾、損傷
1940年初頭 改装工事(対空火器増強等)を実施
1941年9月~ クロンシュタット港外から独軍に対する艦砲射撃を実施
1941年9月23日 クロンシュタット港にて独軍機の攻撃を受け被爆、大破
1941年12月 応急修理が行われ、浮き砲台として実戦復帰
1943年5月31日 ペトロパブロフスクに再改名
~1944年6月 クロンシュタット港から独軍に対する艦砲射撃を実施
~1948年6月29日 フルンゼの艦首を移植して完全に修理することが計画されるも実現せず。練習艦として使用される
1950年11月28日 ヴォルコフ Volkhov / Во́лховに改名
1953年9月4日 除籍
~1959年 解体
3.ポルタヴァ Poltava
Полта́ва
起工:1909年6月16日 進水:1911年7月23日 竣工:1914年12月30日
建造所 アドミラルティ造船サンクトペテルブルク造船所
1914年10月末 公試中、ガングートと衝突し損傷
1914年12月30日 バルト海艦隊に編入され、ヘルシンキに回航
1916年6月 フィンランド湾にて座礁、損傷
1917年3月16日 二月革命の影響により水兵の反乱が発生。以降活動が低調となる
1918年3月12日~3月17日 フィンランド独立により、ヘルシンキからクロンシュタットに回航
1919年11月24日 機関室の火災事故により損傷。航行不能状態となる
1924年 航空母艦への転用が計画されるも実現せず
1925年~1926年2月15日 元の仕様での修理作業が行われるも、財政難により途中で中止。以降高速化や近代化改装が計画されるも実現せず
1926年1月7日 フルンゼ Frunze / Фрунзеに改名
1935年1月23日 廃艦が決定される。以降宿泊船として使用
~1939年7月9日 浮き砲台への転用が計画されるも実現せず
1940年12月1日 除籍。解体作業に着手
1941年7月 独ソ戦開戦に伴い解体作業を中止。浅瀬に擱座し小艦艇用の母艦として使用される
1944年5月31日 浮揚。のち解体
4.セヴァストポリ Sevastopol
Севастополь
起工:1909年6月16日 進水:1911年7月10日 竣工:1914年11月30日
建造所 バルチック造船サンクトペテルブルク造船所
1914年12月 バルト海艦隊に編入され、ヘルシンキに回航
1915年8月27日 リガ湾にて独艦隊と交戦
1915年9月10日 フィンランド湾にて座礁、損傷
1915年10月17日 火薬庫の火災事故により損傷
~1915年11月 修理を実施
1917年3月16日 二月革命の影響により水兵の反乱が発生。以降活動が低調となる
1918年3月12月~3月17日 フィンランド独立により、ヘルシンキからクロンシュタットに回航
1921年3月 乗組員がクロンシュタットの反乱に参加
1921年3月31日 パリジスカヤ・コンムナ Parizhskaya Kommunaに改名
1925年9月17日~1929年11月22日 近代化改装工事 (艦首形状改正、機関換装等) を実施
1929年12月~1930年1月 セヴァストポリに回航され、黒海艦隊に編入
1933年11月~1938年1月 上部構造物の全面改正を含む近代化改装工事を実施
1939年12月~1940年7月 改装工事 (バルジ装着、対空火器増強等) を実施
1941年6月22日 独ソ戦開戦に伴い、コンスタンツァ港 (ルーマニア) に対する艦砲射撃を実施
1941年10月30日 セヴァストポリからノヴォロシースクに回航
1941年11月~1942年3月 クリミア半島の独軍に対する艦砲射撃を実施
1942年3月~ 弾薬及び予備砲身の欠如等により、ポティにて予備艦となる
1943年5月31日 セヴァストポリに再改名
1944年11月5日 ポティからセヴァストポリに回航
1954年7月24日 練習艦に類別変更
1956年2月17日 除籍
1956年~1957年 解体

最終更新日:2021/08/15 14:53