1.クニャージ・ポチョムキン・タウリチェスキー
Kniaz Potemkin Tavritcheski / Князь Потёмкин Тарический
起工:1898年10月10日 進水:1900年10月9日 竣工:1905年5月20日
建造所 アドミラルティ造船ニコライエフ造船所
1903年9月~ 就役前公試を開始
1904年~ 日露戦争により人員が太平洋方面に拠出され、質・量共に低下
1905年6月25日~ 訓練のためセヴァストポリ出港
1905年6月27日~7月8日 水兵の反乱(戦艦ポチョムキン号の反乱)により、士官の大半が殺害される
1905年7月8日 コンスタンツァ港(ルーマニア)にてルーマニアに投降。武装解除され、反乱が収束
1905年7月9日 ロシアに返還
1905年10月9日 パンテレイモン Pantelimon / Пантелеймонに改名
1911年10月2日 コンスタンツァ港にて座礁、損傷
1912年1月10日~4月25日 修理兼改装工事(機関換装等)を実施
1914年11月15日~11月17日 トレビゾンド(トルコ)に対する艦砲射撃を実施
1914年11月18日 サールィチ岬沖海戦に参加。トルコ巡洋戦艦ヤウズ・スルタン・セリムと交戦
1915年3月~5月 ボスポラス海峡沿岸に対する艦砲射撃を実施
1915年5月9日 ボスポラス海峡近海にてトルコ艦隊と交戦
1915年10月 ヴァルナ(ブルガリア)に対する艦砲射撃を実施
1916年~1917年 トルコの黒海沿岸において通商破壊任務に従事
1917年4月13日 二月革命により、ポチョムキン・タウリチェスキーに改名
1917年5月11日 ボレツ・ザ・スヴォボドゥ Boretz za Svoboduに改名
1918年3月 セヴァストポリにて予備艦となる
1918年5月 独軍のセヴァストポリ占領により同軍に接収される
1918年12月 第一次世界大戦終結により英軍に接収される。以降宿泊船として使用
1919年4月22日~4月24日 英軍の撤収に際し白軍に移管。機関部を爆破され航行不能状態となる
1920年11月 赤軍のセヴァストポリ占領により同軍に接収される
1923年~1924年 解体
1925年11月21日 除籍

最終更新日:2020/11/14 00:00